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『街場のメディア論/内田樹』 [(そして本も)]

先日の〝紙の本か電子書籍かで、「誰ひとり〝書棚の意味〟について言及しない」(『街場のメディア論』)ということを読んだとき、これだ!!と快哉を叫んだ〟の続きを書きます。

iPhoneとかiPadにまったく縁がない私にとって、電子書籍は想像もつきません。
「欲しい」と思えるのか否かをどうやって考えればいいのか、雲をつかむような話だとは思うものの、自分でも納得いく説明がいかなかったところ、この本に出会い、これだ!!と思ったのです。

電子書籍は場所を取らないと言われても……
自分がどんな本を所有しているのか、ぱっと見てわからないことが想像できません。
むしろ、持っている本をどう並べるかがかなり大事な案件です。
今はまっている本、これだけは常に前面に置いておきたい本、そのうち読もうと思っている本は、本棚のいいところに並べられます。
はまっている本はその時々で変わっていくので、入れかえを要します。
また、いいところに並べたい本は、いいところのスペース以上あるので、ローテーションも必要です。
だから、本の並べ方は結構かえます。
そして、それは楽しい作業でもあるのです。
電子書籍にこの楽しみはありません。

よその家に行って本棚を見る機会があると、つい目がいきます。
ああ、この人はこんな本を読むんだ、とか、
へえ、こんな本があるんだ、とか、
よその家の本棚は、興味津々です。
それが、電子書籍であったなら、その楽しみはかないません。

やはり、本は紙媒体で所有したいと思います。
そして、本棚に並べたい!!

それは、CDにも言えます。
CDの並べ方も悩ましく楽しい案件です。

街場のメディア論 (光文社新書)

街場のメディア論 (光文社新書)

  • 作者: 内田 樹
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2010/08/17
  • メディア: 新書


『即興詩人/森鷗外』 [(そして本も)]

先日の朝日の読書欄に、安野光雅さんの文章が載っていました。
「文語を口語にするのは難しい」という題でした。
題材は『即興詩人/森鷗外』。
「モリオウ貝という貝はどんな貝なの」ときく女子高生がいるというエピソードもはさんでいましたが、本当にそんな質問する人はいるのでしょうか。
その鷗外の『即興詩人』は、文語訳なので、今は読まれることが少ないということでした。
言文一致の時代にあえて擬古文として訳したことで、多くの読者を得たとのことですが、今となっては、擬古文だからこそ、読まれぬ憂き目にあっているのでしょう。

それで、この安野さんが、口語訳を進めておられるとのことですが、それがそんなにたやすいことではないのだそうです。

文語で理解できるのだから口語訳もできよう、と思ったのはわたしの早計だった。
そこには舞台と現実の違いがあり、舞台をそのまま撮影しても映画にはならないようなものある。

とありました。

あと、興味深かったのは、鷗外の訳には「~的」というのがないということでした。
話し言葉では、とても安易に「~的」と使ってしまいがちですが、
安野さんのご指摘通り、この「~的」という言い回しは、〝的(まと)がぼんやりする。〟と言えますね。

とにかく、この文章を読んで、一度『即興詩人』を読んでみようと思いました。


〝僕僕先生〟シリーズにはまる [(そして本も)]

「新潮文庫の100冊」を2冊買うと、〝Yonda?〟グッズがもらえるので、パンダ好きの者にとっては見落とせません^^
ただ、「新潮文庫の100冊」も、毎年そうかわりばえしないので、年々買う本がなくなってきます。
そんな中で、今年出会ったのが『僕僕先生/仁木英之』です。

表紙が若年層向けっぽく、抵抗はあったのですが、
中国も唐代までなら好きですし、おまけに神仙ときたら、食指が動きました。

読んでみるとファンタジーの世界ですが、人間味あふれた王弁と、その王弁をふりまわす(?)魅力にあふれた僕僕先生との関係がおもしろく、ついついひきこまれてしまいました。

これを読んだのは猛暑の初めの頃でした。
ブログに記そうと思いながら、暑さにめげて、かないませんでした。
今、続編の『薄妃の恋』も読んでしまったところで、やっと記事にできました。

そして、ネットをいろいろ見てまわっていたら、こんなサイトを見つけました。
「僕僕先生~ぼくぼくステーション~」
http://www.shinchosha.co.jp/bokuboku/

さらなる続編もあるようですが、文庫本で読みたい私は、文庫されるのを首を長~~くして待っています。

僕僕先生 (新潮文庫)

僕僕先生 (新潮文庫)

薄妃の恋―僕僕先生 (新潮文庫)

薄妃の恋―僕僕先生 (新潮文庫)

  • 作者: 仁木 英之
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/08/28
  • メディア: 文庫


『光る砂漠/矢沢宰』 [(そして本も)]

京都迷宮案内」はかなり好きなドラマです。
先日BS朝日で再放送を見ました。
その回は、見たことがなかったものでした。
そこで、一つの詩集が出てきました……『光る砂漠』です。
の中の一つの詩が、若い人の純粋さが率直に表れていてとてもまぶしかったので、すごく気になって頭の中に残っていました。
そこで思い切って購入。

「本当に」という詩だったと思います。
その詩を読み返しました。
他の詩も読みました。
21歳という、本当に若くして死んでしまった詩人の、率直な言葉がトキトキになって心を刺します。
こんな感覚は、最近ありませんでした。
もっと早く知りたかったですが、
それでも遅すぎるということもないと思います。

hikaru.JPG


『ポポイ/倉橋由美子』 [(そして本も)]

昨年末、本棚の本を取り出し雑巾がけをしていた時、ふと目についたのが倉橋由美子の〝桂子さんシリーズ〟。
懐かしい!!
読み直してみようと枕元に置いておいたのを、今月から読み始めています。
『夢の浮き橋』、『城の中の城』、『シュンポシオン』、『交歓』。
この4冊で〝桂子さんシリーズ〟は終わりと思いこんでいました。
ところが、勝手な思いこみ、ひょんなことでまだあることを知り、早速探し求めてみましたが、
もう普通には手に入らないのですね。
仕方なく、古書を買えるネットショップで購入。
送料の方が高くつきますが、近くにちゃんとした古本屋がないのでしかたありません。

そして、今読んでいるんが『ポポイ』です。
倉橋ワールドにすっかり浸りきっています。

 


今読んでいる本 [(そして本も)]

本来のテーマについての記事がなかなか書けません。
いろいろせわしく、ゆったり音楽を聴いてられないし、
来週の名フィル定演だって、行けるかどうか……。

かといって、お菓子のことばかりというのも情けないので、
今読んでいる本のことを記載しておきます。

一つは、『クラシック音楽は「ミステリー」である/吉松隆』。
現在、ショスタコーヴィチのところです。
これは、寝る前の本。



もう一つは、『思考の整理学/外山滋比古』。
ベストセラーは嫌いだし、
「東大・京大で1番読まれた本」という帯にも嫌気がさしましたが、
それ以上に読みたい気持ちもあったので、買ってしまいました。
これは、通勤電車の中で読んでいます。

思考の整理学 (ちくま文庫)

思考の整理学 (ちくま文庫)

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1986/04/24
  • メディア: 文庫


『手紙、栞を添えて/辻邦生 水村美苗 』を読んでみよう [(そして本も)]

先日記事にした『日本語は天才である』を買ったとき、次の2冊も買ってきました。
一つは『白川静さんに学ぶ 感じは楽しい/小山鉄郎(白川静監修)』、
一つは『バイオリニストは目が赤い/鶴我裕子』。
ともに、単行本で持っていて既に読んだもの。
それでも、お気に入りの本が文庫本化されるとつい買ってしまいます。
単行本は単行本としてとっておき、
普段手に取るのは、軽くて扱いやすい文庫本。
一度読んだことがあった本だけれど、すぐさま読み返しました。

さて、次は何を読んだものか……。
ちくま新書の『暴走育児』を読み始めたのですが、読んでいるうちに暗澹たる思いにとらわれ、読み進めるのがイヤになってきました。
『暴走育児』と一緒に買ったのが『手紙、栞をそえて/辻邦生 水村美苗』。
かつて朝日新聞の読書欄に載っていたものですが、
その時はななめ読みで終わっていたので、しっかり読んでみようと思います。

 


『日本語は天才である/柳瀬尚紀』 [(そして本も)]

以前、Lionbassさんのところで紹介されていた『日本語は天才である』を読んでみました。
ここのところ、日本語に関する本では、ハズレばかりひいていたので、ダメもとだったのですが、
これはなかなか読み応えのある本でした。

さすが、常日頃翻訳を通してよりよい日本語を吟味している方だけあります。
特に、掛詞的なものをいかに日本語に訳すか。
また、詩の押韻をいかに日本語に訳すか。
単に言葉に精通しているだけでは解決できない、その人の生きてきた教養がにじみ出る要ですね。

押韻といえば、こと漢詩に関しては(←ダジャレ!?)、
韻をふまえて訳すというのを見たことがないような気がします。
まあ、これは漢詩(漢文)の特殊事情にもよるのでしょう。
漢字だけの白文の最後の文字を〝見て〟、韻を感じ、
書き下して〝日本語〟としてしまい、それをふまえて訳すので、
韻と日本語訳は、相容れません。

あたりまえのことですが、韻を味わいながら内容も、と思えば、
その国の言葉で読むしかないのでしょう。
だから、この本の筆者は、すばらしいと思いました。
そして、ご自分の尽力を、「日本語が天才だから」と言ってしまえるところが、ますますもってすばらしいのです。

ユーモアも随所にちりばめられたこの本、久々にいいものに出会えて嬉しかったです。

日本語は天才である (新潮文庫)

日本語は天才である (新潮文庫)


冷泉家を読む [(そして本も)]

東京で開催されている「冷泉家 王朝の和歌守展」に行きたくて、でも行けなくて、
そのかわりに、『芸術新潮11月号 冷泉家のひみつ』を読んだり、
『冷泉家 蔵番ものがたり/冷泉為人』を読んだり。

あらてめて、冷泉家のおかげで古典が読め、文化が継承されたことを感じ入っています。

そういえば、以前録画したものの中に、「冷泉家八百年」があったはず!
さがしてみましょう^^

 

冷泉家・蔵番ものがたり―「和歌の家」千年をひもとく (NHKブックス)

冷泉家・蔵番ものがたり―「和歌の家」千年をひもとく (NHKブックス)

  • 作者: 冷泉 為人
  • 出版社/メーカー: 日本放送出版協会
  • 発売日: 2009/08
  • メディア: 単行本


『ノラや』~百年読書会 [(そして本も)]

新型インフルエンザが流行っているようですね。
私はインフルエンザではないですが、胃腸風邪をひいたようで、昨日の朝から吐き気に苦しみ、ずっと寝ています。
頭も痛く、読書もできないでいます。
だから、先日読み始めた『ノラや』も進んではいません。
ちょうど、この文庫本でいえば104ページまで。

で、今日の朝日には「百年読書会」が載っています。
『ノラや』の1回目です。
読めば、私と同じように猫が苦手な人が、なんでこんなに猫のことを思えるのかという声があり、
私自身、この「百年読書会」のために読み始めたので挫折しまいと思っていますが、
そうでなければ、とっくに投げ出していたと思います。

おもしろいのは、先日も書いたように、旧字体と歴史的仮名遣い。
その日本古来の美しい言葉遣いを味わうためだけに読んでいます。

ただ、野良猫を飼うとか、その野良猫がいなくなったからと広告まで出すとか、
アンチ猫派の私には、想像できないことが書き連ねてあって、そういうことを理解するのはかなり難しいです。

 


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